残暑お見舞い申し上げます
         〜789女子高生シリーズ
 


     


 八月の始めにやって来る“立秋”を過ぎれば、暦の上ではもう秋だそうで。その伝で言えば、七夕も朝顔も俳句の世界じゃ“秋”の季語。とはいえど、現代の現実世界じゃ そうも言ってはいられない。ただ単に、昔とは暦の周期が違うからってだけじゃなくの気候の変わりよう、むしろこれからがクライマックスだと言わんばかりの、猛烈な暑さが続くに違いなく。そんな猛暑のただ中で、それが仕事だとはいえ、街なかにあってもあまり目立たぬ姿は必須、いやさ、危険対象と接する折には 敢えての威圧や退かないぞという強靭な意志を表明せばならぬため。態度や姿勢でどちらのお顔もこなせるよう、濃い色のダークスーツに身を固めておいでの、三木家令嬢への警護を担当中の男衆お二方。勿論、鋭く冴えた視線が見つめる先には、護衛対象の少女の姿。

 「……。」
 「……。」

 確かに、日本でも有数という最高ランクの財閥の一人娘さんであり、まさかのもしか、誘拐でもされた日にゃあ、国家予算クラスの身代金が要求されかねないお人。いやいや、相手によっちゃあ、国交上無関係な国の政府に収監された政治犯の釈放だとか、そこまでの無理難題だとて要求されかねずでもあろうよと、ずぶの素人でもひょいと想像出来る恐ろしさ。そういったことの下敷きとされる、政財界の力関係とか独特な常識なんざは知らないが。随分と華奢で色白、清楚なほどに愛想も知らず、よほどのこと深窓の奥にて育ったことか、たいそう可憐な趣きの、まだ十代半ばという幼い身のご令嬢が、そんな危険や重荷を負ってもおいでというのは、何ともお気の毒な話であり。どんな危険が降って来ても守り切るぞと、見交わす視線で確かめ合った、警護の方、A氏さんとB氏さんだったのだけれども。

 「…?」

 高貴にしてハイソな方々が集う“社交界”にては、知らぬ人はないほど超有名だとされるお嬢様学校、某女学園高等部でのクラスメートのお二人と、待ち合わせの約束をしているのでとお出掛けになられたお嬢様。旧華族のお血筋のご令嬢と、本場アメリカで功名積まれた“現代のダヴィンチ”との誉れも高い工学博士の孫娘…という、やはりそれぞれに名のあるお家柄のお友達とのお顔合わせだと聞いたのだが。そこいらの街角での待ち合わせなことといい、そこへ立っていても遜色のない、今時の夏の装いが何とも愛らしい、至ってごくごく普通の少女に過ぎぬ行動を見せる彼女たちなのが何とも意外で。

 “大資産家令嬢のお出掛けともなりゃ、
  年に見合わぬ豪華ホテルのラウンジかVIPルームででも待ち合わせて、
  そのまま高級なスィーツの店でも貸し切りにして、
  ゆったり午後を過ごす…なんて規模のそれを想像したんだが。”

 だってのに、冗談抜きに いかにも今時の女子高生らしい、それはそれは自然な振る舞いをなさる彼女らだったものだから。気張って大人の遊びをするよりも、気兼ねの要らぬ中、自然体でいた方が楽しいと。若々しい自由奔放さが小さな冒険を選ばせたらしい遊びなんだろなという納得を得たそのまんま、成程これでは親御も案じて当然、護衛も要るわいとの帰着をみた彼らだったらしくって。

 『いやいや、女学園のお友達の大半は、
  そっちの“安全なご交遊”で済ませておいでなんですけれどもね。』

 冒険好きの下町の女子高生で悪うございましたねと、彼らの感慨へ苦笑が絶えなんだのは後日のお話し。これは特殊なケースなんだから、他へと応用なさらないようにねと言っといたほうがよくないかしら?なんていう余裕の発言ごと、今は まあまあさておいて。

 「店を出るぞ。」
 「ああ。」

 こんな猛暑日の護衛というのも、ある意味 無い話じゃあない運び。こちとら鍛え抜かれたSPです、極寒や猛暑くらいで、今更 弱音は吐きません。ただ…屈強な自分らはともかく、か弱い彼女らが倒れぬようにとの注意は必要なのでと。スタンドバーから出てくる様子のお嬢様がたへ、油断のない視線を素早く向ける。むさ苦しい男二人、あんまり密着していても不興を買うのは先刻承知。かといって、あまりに無防備では良からぬ輩を寄せかねぬ。専守防衛の一環として、見張りが付いてるお嬢様なんだぞというの、ちらり仄めかすのは構わないとの許可も得てあったので。当然のことながら周囲への注意も払いつつ、待機のモードを少々動きのあるそれへと移行しかけたそんな間合いに、

 「…………えっ。」
 「シチさん? どうしましたか?」

 いくら愛らしいファッションを装っておいででも、お嬢様学校へお通いの身、まさかに蓮っ葉な“茶髪”ではあるまい。手元の端末へ呼び出した資料にも、対象の久蔵お嬢様とご同様に髪の色や瞳の色合いが淡い彼女らなのは、その血統の中に欧米のお血筋がおいでだからだとの注意があったのでそれはいいとして。そんな色素の淡さが祟ったものか、さっきまでお元気そうに微笑っていらしたはずのお嬢様がお一人、両側からのお友達の支えの手も間に合わず、足元の石畳の上へまで へなへなへなっと座り込まんとしておいで。これはまずいぞと駆け寄れば、彼女らの会話も間近に聞こえ、

 「救急車を…っ。」
 「ええ。」

 そんなやり取りをしておいでだったものが、だが、

 「……あ、しまった。確か携帯からでは呼べないんですよぉ。」

 そんな風に呟いた、カンカン帽をかぶっていた赤毛の少女。周囲を見回しながらも意を決すると、公衆電話を探しにと素早く駆け出した行動力はなかなかのものであり。生ぬるいどころじゃあない、蒸し焼き用の窯の中のような、このままこんがりと炙られそうな大気の垂れ込める中、それでも…とうとう座り込んでしまったお友達の身を支え、自分も地べたへ座り込んでいる久蔵お嬢様の間近まで駆け寄れば。まだ開かぬ日傘をすぐの手元へ落としたまんま、途方に暮れているお顔を上げて来た少女の、繊細な細おもてが何とも頼りなく見えて。さすがにこちらの素性は判るのか、警戒の様子は見せないでおり、

 「貧血でも起こされたのですか?」
 「〜〜〜。」

 容体は判らぬからか、それとも動転しておいでか。要領を得ぬまま、ただただかぶりを振るばかりのお嬢様。だがだが、それは可憐な顔容にて、縋るようなお顔をされてしまうと、そのために付いてたも同然の男衆らの、熱き使命感には十分に火が点いたようで。

 「警備車両を呼びます。」
 「すぐにも病院へお運びしましょう。」

 どうかご案じ召さるなと、義務より純粋な騎士道精神が発揮されまでしかけた彼らだったらしかったものの。そんな私情が出た時点で、ある意味、問題があったとも言えて。

 「………隙あり。」
 「え?」

 小枝のようにか細い、それはそれは可憐な美少女の懐ろ。そちらもよく見りゃ随分と端正な面差しをしたお嬢様が、アーモンドみたいに形の整ったまぶたの線を頬に伏せ、表情を無くして仰向けに倒れ込んでおり。金の絹糸のような前髪の後れ毛を幾条か額へ張りつけているのは、悪寒を伴う汗のせいかも。冷房の利いていたところからいきなりこうまで暑い外へと出て来たのでは、どれほど元気な身であれ具合が悪くなっても不思議はないと。まるきり疑いなぞ挟まずに、彼女らのこの窮状を鵜呑みにしていた警備員A氏のすぐ眼前にて。意識が無いまま倒れたらしき金髪の少女が…その双眸をぱちりと開けており、その突然の展開へぎょっとした隙を衝き、間近になっていたA氏のみぞおち目がけ、鋭い正拳を どすっと食い込ませてもいて。

 「ごめんなさいね?」
 「あ………?」

 それは嫋やかな微笑みに送られての人事不省へ陥るまで、かかった時間は1分なかった。恐らくは自分の身に何が起きたか、気づく間も無かったA氏かも知れぬ。そして、

 「な…っ。」

 周囲への注意を怠るなかれとの基本から、立ち上がって携帯を操作しかかっていたB氏はB氏で。自分の眼前で繰り広げられた…信じがたい一瞬の攻防へ、何だ何だと眸を剥いたそのまま、

 「葬(ほうむ)らんっ。」
 「が…っ!」

 背後からという最も判りやすい“死角”から繰り出された攻撃に、後頭部を見事にぶたれたことで、あっさりと意識が飛んでったらしく。

 「ヘイさん、殺しちゃあいけない。」
 「やめて下さいよ、縁起でもない。」

 不意を衝かれたから殊の外に効いただけ。こ〜んなべこべこの塩ビの書類ケースで叩かれた程度で、警備会社の精鋭がたやすく死んだりしますかと。一体どこから持って来たやら、筒型の縦長い図面ケースを、剣道の竹刀よろしく振って見せたのは誰あろう。いち早く電話を探しにと この場から離れたはずのひなげしさんではないかいな。奇跡的に目撃していたファストフードのバイトくんの言によれば、

 『そりゃあ鋭いスイングで、持ってた玩具のバットを1振りして、
  友達二人へたかってた、黒服の男をあっさり伸してたようですが。』

 随分な誤解や曲解も含まれているようだが、見た光景には間違いなかろう。ミニスカートっぽいカーゴパンツをはいた御々脚踏ん張って、ホームランっとばかりに振り抜いた図面ケースで、警備員B氏を伸した平八お嬢様だったということで。


  …………と、いうことは?


 このままじゃお気の毒よねとの同情をされたものか。木陰まで運ばれたその上、晒し者になっては後への触りも出ようから、お顔は隠して差し上げましょうと、ご丁寧にも日傘を差しかけられており。意識が戻った彼ら、慌てて社への連絡をと、携帯電話をまさぐった懐ろには、

 《 修行が足りぬ。》

 という達筆での書き置きがなされたメモが、それぞれへ突っ込んであったということであり。そして、




       ◇◇



 そうしてそして。暑さの盛りには、さしもの蝉や蚊のみならず…犯罪者さえ息をひそめるものなのか。電話も鳴らず、事件発生の管内放送もないまま刻だけが過ぎてたらしかった、昼下がりの警視庁の一角。閑散とした刑事らの執務用の大部屋を訪のうたのは、手入れの行き届いた黒髪に微妙にやつれた後れ毛を立たせた様の、

 「…?? いかがされましたか? 榊せんせい。」
 「島田警部補は在席か?」

 顔見知りの佐伯刑事へと取り次ぎを頼んだ彼の姿を、声より先に見つけたか。少々遠い席にいたものが、ゆったりと身を起こしの傍らまで足を運んで来た勘兵衛にも、まさかまさか自分らの知り合いのあの無邪気で無敵な少女らが、そこまで過激なレクリエーションをやらかしていようとは、今の今まで気づきもしなかったことだった。



BACK/ NEXT


ミントBlue サマヘ 素材をお借りしました



戻る